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映画鑑賞「レスラー」

Wrestler

ミッキー・ローク主演「レスラー」を観た。ちょっと前にいろんな映画賞をとって話題になってたっけなぁ、なんてことをぼんやりと思っていたら、すでに6年も前のことだと気づき軽い衝撃を受けている(2008年9月の第65回ヴェネツィア国際映画祭で上映され金獅子賞受賞。同年12月全米公開。日本公開は2009年6月)。

特に映画好きではなくとも、80年代半ばから90年代にかけ思春期を迎えた者ならば、ミッキー・ロークの名に聞き覚えはあるだろう。「ランブル・フィッシュ(日本公開1984年)」「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン(同1986年)」「ナインハーフ(同1986年)」「エンゼル・ハート(同1987年)」など、物語の中身は記憶の彼方で霞んでいても、タイトルだけはすぐに思い浮かぶ。

あの時代、世の多くの女どもは彼に魅せられ狂気していた。それを見た男どもは、嫉妬心から彼を無視する者と、ちょっと危険な感じで翳のあるカッコイイ男に憧れ、咥えタバコで口元だけ微笑させるさまを真似る者と、かなり大雑把にいえばそのどちらかだった(異論は大いに認める)。

私はタバコを吸わないので幸いその真似はしないで済んだが、好意的な目で見ていた俳優ではあった。しかし何を血迷ったかプロボクサーに転向してしまい、その後の彼の活動には興味を失くしていた。この映画が騒がれた時も、醜態を晒しヨタヨタになった往年のスターを、いまさら見たいとは思わず目を向けることもなかった。しかしケーブルテレビの映画チャンネルで放映されていたのを、ついうっかり観てしまったのである。

素晴らしい映画だった。これは絵空事の話ではなく、俳優ミッキー・ローク再生のドキュメンタリー作品といえる。かつての人気プロレスラーだった「ランディ・“ザ・ラム”・ロビンソン」と人気俳優だった「ミッキー・ローク」、両者が見事なまでに融合している。

ボクシングなどやらなければよかったのに、当時もいまもそう思う。しかしそうした紆余曲折があったからこそこの役に巡りあったわけで、これもまた人生の必然だったのだろう。ボクサー時代の怪我と整形手術の影響から、往年の美男子の顔は悲しいほど崩れてしまった。そして充分に老いてもいる。それでも映画の中の彼はカッコよく、スターと呼ぶに相応しい輝きを放っていた。全盛期80年代の頃よりもずっと、私にはそう見えた。「いきざま」などという陳腐な言葉では表せない、ミッキー・ロークの濃縮された人生がこの作品には詰まっている。

さあ、当時日本全国にいたであろう村上里佳子(現RIKAKO)もどきたちよ。通称「猫パンチ」による1ラウンドKO劇があった1992年6月の両国国技館「ダリル・ミラー」戦を思い出せ。試合終了後リングサイドで受けたインタビューに、ウットリした目をしてこたえた里佳子の口真似で、彼女が放った言葉をいまこそ皆で大合唱すべき時だ。「ローク、サイコー!!」と。

スターにはいつまでもスターであることを求める大衆の悪意なき残酷さ。そしてその声に応えようとするスターの姿は痛ましくも美しい。「ラム・ジャム!ラム・ジャム!」と、ランディが繰り出す必殺技を待ち望む観客の連呼がいつまでも耳に残り、終幕で流れるブルース・スプリングスティーンの唄声が胸にしみる。